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ここひろブログ

私たちは東京都青梅市、羽村市で在宅介護を中心とした介護サービスを展開しています。また、地域で暮らし続けることができる社会を目指し、グループホームや小規模多機能型居宅介護、そして一般家事代行などを手がけています。
<地域ケアサポートステーション ここひろ青梅>
訪問介護・居宅介護支援・福祉用具販売・貸与
<ライフサポートステーション ここかじ>
一般家事代行
<地域ケアサポート館 福わ家(ふくわうち)>
小規模多機能型居宅介護
認知症対応型共同生活介護(グループホーム)
<地域ケアサポート館 福ら笑(ふらわー)>
小規模多機能型居宅介護
認知症対応型共同生活介護(グループホーム)
2020年2月 井上信太郎より
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    原点回帰 タケル(仮名)さんと


    これまでたくさんおじいさんおばあさんとの出会いがあり、そして別れがあった。中でも現在福祉の仕事に携わるうえでの責任感と、使命感を感じさせてくれたのが、タケルさんとの出会いでした。

    それは私がまだ26歳、特別養護老人ホーム(以下特養)で副主任として働いていた時のこと。タケルさんは今の要介護認定でいえば要支援1程度の状態で、かつ精神面での自立度も高く、自分自身の意見をはっきりと発言することが出来る人でした。周囲の説得なのか、ユートピア伝説を信じてしまったのか、入所理由がよくわからない謎の入所となった。そんなタケルさんは入所1ヶ月もたつと特養という環境に次第と不満を抱くようになり、「退所したい」と口にすることとなります。タケルさんの状況から言えば当然の訴えなのだけど、いまさら...。入所の決断を誤りであったと悔やむタケルさん、当時フロアリーダーである私に毎日のように辛い表情で訴えかけてくるのです。しかし時代は措置制度下、そうそう簡単に入所も退所もできません。僕がしたことはなかなか難しいねぇとお茶を濁すような会話だけ、あまりに僕たち職員の態度がつれないため、さすがのタケルさんも退去は叶わないのだという現実を受け入ざるを得なくなっていきます。当初の元気もりもりで、はきはきとした表情は曇りがちとなり、施設という環境に慣れようしているかのようにすら見えました。自分でできることまでスタッフに頼むようになるなど、スタッフに依存してしまっている?という状態になりかけたタケルさんですが、ある一つのことを私に懇願するときだけはかつての意気揚々とはきはきした姿を見せてくれるのです。それは「自宅で、自分で淹れたコーヒーを飲みたい」というもの。今の私の事業所であれば簡単に実現できる望み。だけど、措置制度下においてはいったん入所させた人を一時帰宅させるなどの前例もなく、高いハードルとなって立ちはだかります。

    私自身に置き換えて考えると、自宅で淹れたコーヒーを飲むなどということはあまりにも当たり前の話。あえて人に懇願してまで実現させたいと願うようなことではない。しかし私の職場においてはそんな当たり前と思えるようなことですら、実現することができない。私は一人の介護職として、介護とは何か?支援とは何か?個別援助計画や自立支援とは、だれのために、何のためにあるのか?と悩みを持つ日々となり、だんだんと自分の仕事に自信が持てなくなってしまうのです。このままではいけない、そんな情けない自分でいる嫌だし、何より僕は曇りがちな表情のタケルさんより、「コーヒーを飲みたい!と言っているタケルさんのほうが断然好き。もしもこの言葉すらタケルさんから出なくなったとしたら、タケルさんも僕自身もきっと納得のいかない未来になってしまうのではなかろうか。そんなことが怖くなってしまったのです。

    そして僕は一念発起し、「自宅で、自分で淹れたコーヒーを飲みたい」この言葉の実現に向けて動き出すこととしたのです。

    以下次号へ






    | 心のひろば | 井上信太郎より | 23:10 | comments(0) | - |
    2020年2月 井上信太郎より
    0

      原点回帰 タケル(仮名)さんと

       

       これまでたくさんおじいさんおばあさんとの出会いがあり、そして別れがあった。

      中でも現在福祉の仕事に携わるうえでの責任感と、使命感を感じさせてくれたのが、タケルさんとの出会いでした。

      それは私がまだ26歳、特別養護老人ホーム(以下特養)で副主任として働いていた時のこと。

      タケルさんは今の要介護認定でいえば要支援1程度の状態で、かつ精神面での自立度も高く、自分自身の意見をはっきりと発言することが出来る人でした。

      周囲の説得なのか、ユートピア伝説を信じてしまったのか、入所理由がよくわからない謎の入所となった。

      そんなタケルさんは入所1ヶ月もたつと特養という環境に次第と不満を抱くようになり、「退所したい」と口にすることとなります。

      タケルさんの状況から言えば当然の訴えなのだけど、いまさら...。

      入所の決断を誤りであったと悔やむタケルさん、当時フロアリーダーである私に毎日のように辛い表情で訴えかけてくるのです。

      しかし時代は措置制度下、そうそう簡単に入所も退所もできません。

      僕がしたことはなかなか難しいねぇとお茶を濁すような会話だけ、あまりに僕たち職員の態度がつれないため、さすがのタケルさんも退去は叶わないのだという現実を受け入ざるを得なくなっていきます。

      当初の元気もりもりで、はきはきとした表情は曇りがちとなり、施設という環境に慣れようしているかのようにすら見えました。

      自分でできることまでスタッフに頼むようになるなど、スタッフに依存してしまっている?という状態になりかけたタケルさんですが、ある一つのことを私に懇願するときだけはかつての意気揚々とはきはきした姿を見せてくれるのです。

      それは「自宅で、自分で淹れたコーヒーを飲みたい」というもの。

      今の私の事業所であれば簡単に実現できる望み。

      だけど、措置制度下においてはいったん入所させた人を一時帰宅させるなどの前例もなく、高いハードルとなって立ちはだかります。

      私自身に置き換えて考えると、自宅で淹れたコーヒーを飲むなどということはあまりにも当たり前の話。

      あえて人に懇願してまで実現させたいと願うようなことではない。しかし私の職場においてはそんな当たり前と思えるようなことですら、実現することができない。

      私は一人の介護職として、介護とは何か?支援とは何か?個別援助計画や自立支援とは、だれのために、何のためにあるのか?と悩みを持つ日々となり、だんだんと自分の仕事に自信が持てなくなってしまうのです。

      このままではいけない、そんな情けない自分でいる嫌だし、何より僕は曇りがちな表情のタケルさんより、「コーヒーを飲みたい!と言っているタケルさんのほうが断然好き。

      もしもこの言葉すらタケルさんから出なくなったとしたら、タケルさんも僕自身もきっと納得のいかない未来になってしまうのではなかろうか。

      そんなことが怖くなってしまったのです。

      そして僕は一念発起し、「自宅で、自分で淹れたコーヒーを飲みたい」この言葉の実現に向けて動き出すこととしたのです。

      以下次号へ

      | 心のひろば | 井上信太郎より | 10:00 | comments(0) | - |
      2020年1月 井上信太郎より
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        | 心のひろば | 井上信太郎より | 16:01 | comments(0) | - |
        2019年12月 井上信太郎より
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          パーソン・センタード・ケア

          医学研の友人中西三春さんからこのようなシンポジウムのお誘いをいただいた。【東京都医学総合研究所 国際シンポジウム 認知症と共に生きる人へのエビデンスに基づく地域型アプローチ:世界的な研究知見の統合】なるもの。中西さん自身もシンポジストとして、「ユニバーサルなプライマリケアとしての認知症ケア:基本となる緩和ケアの東京版在宅介護プログラム」についての発表がありました。

          日本でも何かと話題にあがる認知症ですが、実は国際的にも注目度の高いテーマになっています。ここでも世界共通の理念として、パーソン・センタード・ケアが提唱され、中西さんもその実現に向けた取り組みを研究者としての立場から発表されていました。

          パーソン・センタード・ケアとは、認知症をもつ人を一人の“人”として尊重し,その人の視点や立場に立って理解し、ケアを行うおうとする認知症ケアの考え方です。本来ケアを必要とするすべての人が尊重されるべきで、認知症の人だけが尊重されていれば良いというものではないのだけれど、これまでのケア文化を振り返ると認知症の人の尊厳は侵されがち。パーソン・センタード・ケアは言うは易く行うは難しないのです。

          私がこの仕事に出会った30年前は、認知症はまだまだ珍しい病気でした。2025年には高齢者の5人に一人の人が認知症を持つといわれ、もはや人生100年時代を生きていくうえで避けては通れない、誰しもが経験をする身近なものとなります。認知症をよりよく理解し、受け入れていくこは重要な課題です。

          今回中西さんのパーソン・センタード・ケアをもとにした在宅生活を支援するための研究プログラムに触れて、実践者として身が引き締まる思い。研究は実践してなんぼです、我社の素晴らしいスタッフたちとともに地域に広め、地域の理解者を増やしていかなくてはならない。そう、心の中でつぶやきました。

          みなさん、仲間たちのホームページのURLです、ぜひ覗いてみてください。

          http://www.igakuken.or.jp/mental-health/

          | 心のひろば | 井上信太郎より | 16:03 | comments(0) | - |
          2019年11月 井上信太郎より
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            街を冒険(徘徊)する

             

            私は街を徘徊する。

            例えば上野のアメヤ横丁に行くと、まずはあてもなくうろつき始める。独特な発声で客を呼び込む魚屋さんや、一体どうすればこのような価格になるのか、価格崩壊?ともいえるスポーツ用品店などを横目に、時には立ち止まって気になる店舗をのぞき込む。しかし目的は行きつけの洋服屋に寄ること。そこでは顔見知りの店員さんと新商品について談義をする。生地の生産地や製造過程について説明を聞いたり、ブランドやデザイナーのこだわりについて話を聞くのだが、どれも魅力的なものばかりで、あれもこれも欲しくなってしまう。気に入ったものをすべて買うわけにはいかないため厳選しなくてはならない。この苦渋の決断をするにあたり、店員さんに対してなのか、ブランドに対してなのか、あるいはコストに対してなのか、よくわからないリスクと戦っているかのような感覚がある。そうこうして私の手に収められる至極の一品なのだが、いつも妙な心持ちで街を後にすることとなる。戦いの後の安ど感?なのか、あるいは自分の判断に対しての後悔?なのか、胸を張って満足げに歩いているが、なぜか足を引きずっているような。この感覚はまさに冒険!の後のよう。

             

            日テレの人気番組で「はじめてのおつかい」というものがある。幼児が街へはじめての一歩を踏み出すという感動ものの冒険番組である。意気揚々と小さな歩幅でスーパーへ歩もうとする子供の姿。もちろん道中は山あり谷ありで予想もつかないトラブルが立ちはだかり、見ているこちらはハラハラドキドキの連続である。

             

            人は冒険をする生き物なのだと思う。子供であれ大人であれ、リスクのない冒険など存在しない。「はじめてのおつかい」の様に最善の安全対策が取られた番組であったとしても、視聴者は子供の一人歩きにはハラハラするのだ。‟街”の中にはたくさんの乗り越えるべき課題がある。それは時に人命にかかわる重大なものもある。小さな歩幅でつかんだ大きな幸せに、私たちは涙し感動せざるを得ないのだ。

             

            そう、街には人間が人間らしく生きていける健康で文化的な生活を送ることができる幸せで感動的な居場所がたくさんあるんだ。それぞれの人にとって大切な、誰からも奪うことのできない‟私の街”。この街を、高齢者であれ障がい者であれ、あるいは認知症を持ったとしても、いつまでも冒険(徘徊)することができるようにしなくてはいけないなあと思う。誰もが我が事としてとらえ、地域で丸ごと考えることができれば、きっとそんな当たり前のことは不可能ではないはず。(※厚生労働省「我が事・丸ごと」地域共生社会の実現に向けて)

             

            さて、いろいろと言い訳がましく伝えたおじさんの上野の一人歩き、皆さんに感動を届けることはできただろうか。あるのはやはり妻の冷ややかな目だけ...(笑)

            | 心のひろば | 井上信太郎より | 16:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
            2019年10月 井上信太郎より
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            Just Culture(非難から対話の文化へ)

             

            テレビのワイドショーなどを見ていると、個人や組織に対して説明責任を持たせ、うまくいかないときには非難したり責任を押し付けたりして、人が立ち上がれなくなるまで追い込む場面を目にする。そんなことをするニュース番組に、最近ではすっかり興味を持てなくなってしまった。僕はもともと人が責められるだけの様子を見たくないのかもしれない…

             

            こんな前置きをしておきながら、実は先月から介護事故ゼロ運動を始めました。しかも、事故を引き起こしたスタッフは、無事故日数をストップさせただけではなく、名前まで掲示されてしまいます。まるで人を責めているかのようにもとれる取り組みですよね。これにはスタッフも驚いて、犯人のつるし上げか!などの意見も出たようです。スタッフにそう思わせてしまったのは残念、まだまだ対話より非難、という意識が強いのだろう。

             

            私がこれまで目指してきたことに、誰も排除されない社会を作るというものがあります。ここには当然認知症や障がいを持った当事者をはじめ、スタッフの一人一人も含まれます。非難だけでは排除しているのと一緒ですよね。事故ゼロ運動のそもそもの目的は、事故を無くしたいということであり、非難をして特定の個人を責め立てることではないのです。事故はだれだって怖い、だけどその経験談はチームの話し合いにはとても有益なはず。チームで、良いことも悪いこともオープンにして、事故を無くすために事故の当事者を交えて話し合うことが大切なのではないだろうか。乗り越えるべきものがあるならば、当事者だけではなく、チーム全員で乗り越えるものでなければならないと、そのように思うのです。

             

            孔子の言葉に、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があります。人を憎まず罪を憎め、とも言い換えられます。罪をしっかり憎むことができないと、事故って無くならないんです。これはもはや精神論ではなく専門性の話。たくさんの利用者さんの生活や人生、そして命を守るために、私たちは今日も心を通わせ合いながら対話し続けます。

            | 心のひろば | 井上信太郎より | 15:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
            2019年9月 井上信太郎より
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              あたりまえの幸せ

               

              私が福祉の仕事に携わったばかりの頃、深く印象に残り心に刻まれた曲がありました。それは小谷美紗子さんの『Gnu』(ヌー)という曲です。この曲は冒頭次の歌詞から始まります。

              「あたりまえの幸せを僕は忘れているのです、僕は立って歩ける。

              立って歩くということは私にはあまりにも当たり前。だけども当たり前でない人もいる、そのことにはすぐに気がつきます。さらに歌詞は次のように続きます。

              「たくさん持ってる僕の中からひとつあげた、たくさん持ってない人に手を貸しているつもりだった、たくさん持ってない人はその中からふたつくれていた。あぁ、僕ははずかしかった」

              とあります。福祉の専門職として考えるならば、支援(手を貸す?)を必要としている人にひとつ支援すると、必ず目の前の方が適切か不適切かを応えてくれる。それこそが専門職として成長の場となるので、ひとつ頂いたことになります。ただ、もうひとつ大切なものをもらっていて、実はかかわりの中で、人としての在り方を教わるのです。支援者としてかかわるときにはそもそも専門職として高いものが求めらますが、介護は手技だけではなく精神性も大きい。僕らは人生の先輩からすればあまりにも未熟。いくら手技にこだわっても精神性において私達の心の内側は見透かされ、例えば嘘の笑顔なども見破られているのもの。

              僕がまだ20歳くらいのころ、失敗に打ちひしがれたまま作り笑顔でケアにあたったとき、寝たきりのおばあさんが震える手で頭をなでてくれた。同僚の慰めなどなんの効果も示さなかったのに、その瞬間僕はすっかり救われてしまったのです。たとえ寝たきりでも、その震える手で救えるものがあったのです。今の僕がその証明。今の自分があるのはそれら数々の宝物のおかげなのです。そんなわけで今僕はこの福祉の仕事に出会えて幸せ。ひとつなにか差し出せばたくさんのことが帰ってくる仕事だと、今は知っているからです。今立って歩いている、その足で精いっぱい歩くことができる。見返りを求めず、持っているものをひとつ差し出せばおのずと持ちきれないほどの幸せが返ってきます。まずはこんな当たり前なことに感謝しながら、これからの一年をコツコツ歩もう。そんなことを考えた48回目の誕生日でした。数々の激励と祝福のメッセージをありがとうございます、この一年間でしっかり返していこう。

               

              | 心のひろば | 井上信太郎より | 08:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
              2019年8月 井上信太郎より
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                認知症の世界

                 

                認知症をもつと「お風呂に入りたがらないAさん」などと呼ばれることがあります。私が介護の仕事に就いた30年前のことを思い出してみると、ぼけている人はおかしなことを言うものであり、入浴拒否があって当然。だけど介護職としては何とか入ってもらわないと困るので、「衣服が汚れているので匂いますよ!」と説得したり、「ちょっとお出かけしましょう!」と嘘の誘いをするなどして、半ば強引にAさんにはお風呂に入っていました。ご本人の声に耳を傾けるどころか”面倒な人”として扱われ、ケアが流れ作業的に右から左へと済まされていたように記憶しています。このように、かつて認知症の人はおかしな行動やおかしな言動のある人と思われてきたのです。そのようなことから当時は『ぼけ老人』という言葉が使われたり、『痴呆』という言葉が使われてきました。痴呆とは愚かな人という意味があります。今はその言葉は見直されて『認知症』と呼ぶようになりました。『認知症高齢者』などと呼ばれることもまだありますが、認知症は高齢者だけに限らないため、現在では『認知症の人』と呼ぶことが一般的になっています。間に「の」が入るのと入らないのとではずいぶん印象も違いますね。ここで気を付けたいことは、「認知症」という部分に焦点をあてるのか、それとも「人」に焦点をあてるのかで、私たちのケアの方向性が大きく変わってしまうということです。

                 

                 認知症の人

                     or

                  認知症の

                 

                この左側の認知症という言葉に注目してしまうと、認知症をおかしな症状として捉えがちですが、右側の「人」の部分に焦点があたることによって、その人の生活背景や、性格、本人のこだわりといったところに視点が向くのです。ちなみにヨーロッパでは認知症の人のことを次のように表現します。

                 「認知症の世界を体験している人」

                「認知症の世界を体験している人」この認知症の世界とはどのようなものなのでしょう、皆さんも興味や想像力がわいてきませんか?興味を持つことができたら目の前にいる認知症の人にその世界について尋ねてみてください。その際にはゆっくり丁寧に、誠実に、決して馬鹿にしたり訂正したりしないで、その世界は楽しい世界なのかそれとも辛く悲しい世界なのかを直接本人に聞いてみてください。聞き方次第で私たち健常者が経験をしたことのない認知症の世界についてご本人が語ってくれるかもしれません。私もこのようなことを心掛け日ごろから認知症の人とかかわっているのですが、その世界に触れたと思えた時に涙があふれてしまうことがあるんです。恥ずかしいので理由は言いませんが(笑)、ただ一つ思うことは認知症をもたないと経験することのできない世界について、もっともっと深い理解のある社会を目指さなくては!ということです。思っているだけならば誰にもできますね、私たちに求められているのは行動を伴った実績、がんばろう。

                | 心のひろば | 井上信太郎より | 10:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
                2019年7月 井上信太郎より
                0

                  「田子さんが福わ家(グループホーム)に帰ってきた。」 
                   
                  私たちは人生の頂きを目指す人のそばにぴったりくっついて離れない伴走者のようなもの。時には力強く手を引っ張ることもあるけれど、基本的には半歩下がってゆっくり見守ることがほとんどです。だけど今回は何とか手を引き戻してそちら側に行かないでほしいと、なじみの関係にあった人たち誰もが思ったはず。だけど行ってしまわれました...。さて、気を取り直して専門職として考えなくてはならない。それは今回田子さんのゴールに寄り添えたのは介護職員としては本望だったということ。なぜならばせっかく5合目まで寄り添ったのに、6合目から先は突然の入院や入所によって急なお別れをすることも多い仕事だからこそ、付き添わせてくださった田子さんや一緒に歩んでくださったご家族には感謝の気持ちを持たなくてはならないのです。介護を“仕事”としてだけで捉えると命に対してまで流れ作業となりがちだけど、専門職ならばその人が人生のゴールをきるまで伴奏するということを本気で考えなくてはならないのです。最終段階は家族もそして私たち介護職も辛い、なにより本人はもっと辛い。こんな大変な状況でも最後まで伴奏するためには、どんなに私たちが辛くても、痛くないか確認したり、苦しくないかたずねたり、どうしてほしいのかの意思をくみ取ったり、そして励ましたり勇気づけたりゆっくり見守ったりと、最後の最後まで伴奏者としての務めを果たすということです。福わ家のスタッフは夜勤であろうがお休みであろうが田子さんのゴールに立ち会い、みんなが感動し、感謝の気持ちを伝え、ご家族とともに見届けそのゴールを讃えたと聞いています。そんな人間臭いスタッフ達を私は誇りに思う、だけどまだまだ頼りない。最後までしっかり向き合うためにはもっともっと研ぎ澄まされた専門性と感性が必要。がんばれ現場。田子さんが教えてくれたことを忘れるな。

                  | 心のひろば | 井上信太郎より | 08:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  2019年6月 井上信太郎より
                  0

                    最近鳥取の友人から、チームワーカー制度をうちでも始めることにしましたと報告を 受けました。この制度は弊社独自の取り組みとして、まもなく 10 年が経とうとしてい ます。その理念とは、 「スタッフ同士が、互いを認め合い、知識や技術を分かち合いながら、利用者さんが 心地よいと感じる瞬間を、ひとつでも多く作り出していくこと。」 私が福祉の仕事から最も学んだことは、人は皆違うんだということ。言い方を変えれ ば、認めたり補い合えば違っててもなんてことない、ということです。私たちの事業所 のモットーもこれとまったく同じで、技術や知識や経験をみんなで分かち合おうという ものです。分かち合うことを忘れてしまった人は自分の能力に溺れ、他者に威圧的にな り、弱い人や間違いの多い人を排除するようになります。このことが一番ダメなこと。 認めあって補い合って絶対に排除者を出さないチーム、それが私の考える最強のチーム なのです。 鳥取の友人も、人材不足やスタッフの人間関係のことで悩んでいました。スタッフの スキルレベルを維持する、そのために不出来なスタッフや、尖ったスタッフに対して熱 血指導にて矯正を図る! そんなことに力を注いできたそうです。一律同じことしかで きない人なんてロボットのようで、僕は逆に魅力を感じないのですがね(笑)。人が人 を看るこの仕事、色んな人がいるからおもしろいのですよ。 ついでに。弊社スタッフにはこの付き合いは死ぬまで続きますよっ! と話してま す。働けるならばずっと働いてほしい、誰かの支えが必要になっても雇用契約から介護 契約に変わるだけ(笑)と。

                    | 心のひろば | 井上信太郎より | 16:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
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