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ここひろブログ

私たちは東京都青梅市、羽村市で在宅介護を中心とした介護サービスを展開しています。また、地域で暮らし続けることができる社会を目指し、グループホームや小規模多機能型居宅介護、そして一般家事代行などを手がけています。
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2020年4月 井上信太郎より
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    原点回帰 タケルさん(仮名)と 最終回

    ※実際の出来事をそのまま書きましたので少々ショッキングな表現があります。

     

    それは僕が特別養護老人ホームの日勤者としていつも通り今日も頑張ろう!と気を引き締めている最中のことだった。向こうの方から厳かな朝にはなんとも似つかわしくない、叫び声のような声が聞こえてくる。耳を傾けると「しんたろうさーん、タケルさんが倒れてる!」と言っている。慌ててタケルさんの居室に駆け付けるが、タケルさんはベッドの横の床に伏せた状態、すでに人としての「生」を感じない、その姿は瞬間的にもう何をしても無駄だということを理解させるものでした。だけどあまりに突然の出来事過ぎて僕の気持ちがそれを受け入れようとしない。横たわるタケルさんの姿勢を正し、人生で2度目の心肺蘇生を施しました。ありったけの気持ちで「どうか戻ってきてほしい」「生き返れ!」と声をかけるのだけれど、そんな呼びかけには当然のごとくタケルさんは答えてくれない。だんだんと悔しさがこみ上げてくる。やっと一緒に外出することが出来るのに、あんなに喜び合ったのに、なんで一度も叶えさせてくれなかったのか...と。間もなくして医療者が到着し、僕の整理のつかない感情をよそに、あっけなく死亡の確認が行われてしまった。時が止まったかのように呆然と立ち尽くす僕。だけれどその横では今後の対応という事務的な話し合いがあり、フロアリーダーとしては当然その話の流れについていかなくてはならないわけですが、僕の心はひどく乱れ、まともに話し合いに参加することができそうもない。そしてなんと僕は、その話し合いの場を捨てて施設内の宿直室に逃げ、閉じこもってしまったのです。

    「コーヒーを自宅で飲みたい」こんな当たり前のことを実現できないのはなぜか、誰の問題なのか。僕に別れも告げずに急に逝ってしまったタケルさんのせい?いや、タケルさんは被害者に過ぎない。ではすぐに実現させてくれなかった上司が悪いのか、いや、そもそもタケルさんから相談を受けたのは僕であって上司ではない。快く手放しで許可をしてくれたわけではないが、しつこい僕に付き合ってくれた。結果、僕のような若造を信じ、事業所のリスクを承知の上でともにチャレンジしようとしてくれたのだ。電気もつけない宿直室の中であれこれやり場のない後悔を抱えて悶々とする中で、僕はあることに気が付いてしまったのです。それは「すべての責任は僕にある」ということを。

    介護は人の人生に寄り添う仕事、だからこそ楽しいのだと思っていたし、そのことを大切にしたいと思い続けてきた。だけどたくさんの人に寄り添っていると「一人の人として観る」ことの大切さを忘れてしまう。僕にとってタケルさんは、当時担当する入居者「50人の中の一人」に過ぎなかった。この考え方こそが、僕が犯してしまった罪。「50人の中の一人」となれば、やることは50通りのニーズに優先順位をつけること。タケルさんの「コーヒーを自宅で飲みたい」ということで言えば、当時の僕は日々ルーティーン業務をこなすことでいっぱいいっぱいだったから、優先順位の低いコーヒーの件は後回しで、自分の気持ちに余裕があるときだけ上司や同僚にアプローチしていた。だから無駄に時間を浪費し、約半年もの期間をかけてしまうこととなったのだ。そして迎えた突然の別れ。人の命は永遠ではないんだ、元気そうに見えても別れは突然にやってくる。先日の志村けんさんとの別れも、とても辛く国民が泣いた日だった。誰もが、まだお若いのにとか病気を恨んだりするが、命の期限など誰にもわからない、そしてその期日は突然に訪れるものだ。本人の望む支援に優先順位などをつけ、後回しな日々をおくっていたら、目の前の大切な人はある日あっという間に逝ってしまわれる。命を大切にするということの意味は、「今」を大切にすること。これらはタケルさんが自分の命を犠牲にして僕に教えてくれたことです。

    僕にとっての原点回帰、それはタケルさんの夢に自分の夢を重ね、「コーヒーを自宅で飲みたい」の実現に向けて頑張った姿ではなく、実は突然訪れたタケルさんとの別れの日、あの暗い宿直室の中で自分の介護職としての専門性を鏡に映し、自分自身を顧みたところにあるのです。タケルさんごめんね、「コーヒーを自宅で飲みたい」この願いを実現できなかったのはぼくの真剣さが足りず、すぐに行動しなかったからです。最終回にもかかわらずこんな悶々とした独りよがりな締めで大変恐縮です。でも、僕が意外とネガティブで挫折が多かったせいか、わが社の愛するスタッフたちはすこぶる元気。一つ一つの命に対して精いっぱいの愛で「今」何ができるかを考えてくれています。あの名言が思い浮かびます、個人的にはぼくの方が先?(笑)だと思っているのだけれど。そう、『いつやるか? 「今」でしょう!』

    | 心のひろば | 井上信太郎より | 13:53 | comments(0) | - |
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