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ここひろブログ

私たちは東京都青梅市、羽村市で在宅介護を中心とした介護サービスを展開しています。また、地域で暮らし続けることができる社会を目指し、グループホームや小規模多機能型居宅介護、そして一般家事代行などを手がけています。
<地域ケアサポートステーション ここひろ青梅>
訪問介護・居宅介護支援・福祉用具販売・貸与
<ライフサポートステーション ここかじ>
一般家事代行
<地域ケアサポート館 福わ家(ふくわうち)>
小規模多機能型居宅介護
認知症対応型共同生活介護(グループホーム)
<地域ケアサポート館 福ら笑(ふらわー)>
小規模多機能型居宅介護
認知症対応型共同生活介護(グループホーム)
敬老のお祝い2020
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    コロナ禍の為、今年の行事は中止にしていますが、福わ家の利用者さまとスタッフだけでささやかながら敬老のお祝いをしました。

    利用者さんと一緒に、お祝いにどんな食事をたべたいか話をしながらメニューを考えた食事🥢

     

    お祝い膳

     

    利用者さんに、笑って、楽しい時間を過ごしてもらえたらと、有志で炭坑節、ハワイアン音頭、安来節を披露。涙を浮かべながら喜ばれる利用者さん、一緒に踊る利用者さんなど、みんなで楽しい時間を過ごすことができました。

     

     

    | 心のひろば | - | 17:58 | comments(0) | - |
    福ら笑 にやりほっと
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      じぃちゃんが孫世代のスタッフへツッコミ笑いが生まれた。

       

      畑にでた時にその笑いは生まれた

      ス:なんであそこにバナナがささってるんですか?

      じ:何言ってんだよ〜あれはキュウリだよ!

      ス:えっ?キュウリ?!

      バナナかと思っていた孫世代スタッフはお腹を抱え大爆笑(;'∀')

      そんな姿をみてじぃちゃんもほっこり笑みを浮かべている♡

       

      | 心のひろば | 地域ケアサポート館 福ら笑 | 10:55 | comments(0) | - |
      2020年9月 井上信太郎より
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        小規模多機能型居宅介護でなにを

         

        小規模多機能型居宅介護、出会いを大切にした実践を

        出会った当初はいろいろな話を聞くことになります。例えば医師や看護師からは健康維持に向け欠かせないポイントを、ご本人を支えてくださるご家族からは現在の困りごとや今後の不安などのお話をたくさんお聞きします。ふとご本人に目をやると、とても困ったような不安そうな怒っているように見えることも。慌てて楽しかった頃の思い出などに話を振ったりして、無理やり笑顔を引き出そうとする(笑)。今だによくある出会いのシーンです。「介護」という少しネガティブな話題について、要領よく要点だけを話そうとすると問題にばかりに目が行くもので、しかもなじみのない人とあらゆる問題の話をするわけだから雰囲気も暗くなりがちです。希望をもってこれからの生活を考えていくために、小多機ではサポーター(支援者)的な関りではなくパートナー(伴走者)としての関りを切にしています。「この人に必要なことは○○だ」「この人には○○をさせよう」などの評価者が決めつけるような支援はあまりよくありません。「一緒に考えさせてくださいね」や「一緒にやってみませんか?」「私も頑張ります!」のように、ご本人やご家族がもつ苦労を共に乗り越えていこうという人生の前向きな目標について理解し合うことを大切にします。このことは介護職である私たちの幸せでもあります。前号で触れた「365日の安心」への一つの道として、みんな(本人・家族・介護職等)で素敵な目標を共有し、そして共に歩んでいけているという感覚を、出会ったその瞬間から持てるようにしていかなくてはなりません。

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        | 心のひろば | 井上信太郎より | 19:20 | comments(0) | - |
        福ら笑 みんなが笑顔になる瞬間 ”にやりほっと”
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          現場であった思わず”にやり”とした出来事や”ホット”心が温まる瞬間を共有すると笑顔の連鎖が生まれる♡

           

          〜すいか割り〜

          2階から応援&スイカの位置を教えるサポーターをしている場面

          「そこだ、そこっ」

          スイカ割る人へ2階からの応援とサポートが届き見事にスイカが割れ、この後美味しいスイカを頂きました(^^♪

           

           

          | 心のひろば | - | 17:00 | comments(0) | - |
          2020年8月 井上信太郎より
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            小規模多機能型居宅介護でなにを

             

            小規模多機能型居宅介護で”24時間365日の安心”を

            2006年法改正で私たちは小規模多機能型居宅介護(以下小多機)と出会います。究極の在宅サービスとまで言われた小多機のサービスでは、24時間365日の安心を支えることが大切になってきます。この安心というのは、これまでご本人が培ってきたご近所、友人、寄り合い、ご家族としっかり連携を図り、暦や習慣風習習わしなどの中でご本人が役割や生きがいを持った生活を支えるということにあります。介護を持つとご本人のできなくなったことにばかり目が行きがちですが、私たち小多機はかかわるすべての人のできることに目を向けます。だれもが「できそうなことはできること」に、「できることはしていること」にという視点です。そして私たち小多機事業所の大切な役割として、関わる全ての人で作られたコンセンサスチームのコーディネーターとなることが求められます。みんなで支え合いながら誰もが安心して生活をすることが出来るよう、それぞれの立場にある人の想いに耳を傾け、その想いのズレなどを評価しながら合意形成を図ることです。つまり、安心できる状態とは誰か一人の人の安心ではなく、関わる全ての人の安心を考えることが大切であるということがいえます。それにしても自分で言っておきながら‟安心”が支えられている状態とは極めて奥深い。安心とは何か、具体的に考えていこうと思います。

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            | 心のひろば | 井上信太郎より | 19:13 | comments(0) | - |
            2020年7月 井上信太郎より
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              小規模多機能型居宅介護でなにを

               

              小規模多機能型居宅介護(以下、小多機)は2006年の介護保険制度の改正の際、究極の在宅サービスとして誕生しました。当法人は2006年の9月より青梅市藤橋でスタートしたのですが、なんと東京都全域では4番目、東京都下(市部)では初めてということもあり地域のパイオニアとして活動してきました。現在私は全国小規模多機能型居宅介護事業者連絡会の理事や、東京都小規模多機能型居宅介護協議会の代表を務めており、小多機に関しては並々ならぬ思いで取り組んでいます。

              さて、その小多機で私はいったい何をしたいのだろう。

              当法人の原点は訪問介護にあります。いわゆるヘルパーの派遣です。2000年の法人立ち上げ時は私自身も訪問介護員として利用者さんのお宅訪問をし、入浴の介助やお食事作りなどをしていました。「長年住んできたこの家にずっと居たいねぇ」「お友達が心の支えなのよ」「この窓から見る庭が好きなの」などの声を聴くたびに、この方たちが在宅で暮らし続けたいと願うのならば、僕がその願いを必ず叶えようと心に誓ったものです。私はやっぱり在宅介護を応援したいのだと思います。それを叶えるのが小多機なのだろうか。

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              | 心のひろば | 井上信太郎より | 19:11 | comments(0) | - |
              スタッフ体験談 〜痛みを体験したからわかること〜
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                普段は、事業所の様子や取り組みを紹介させていただいていましたが、今回は違いわが社で働く病気に負けず生きている証を残すことを決め一日一日を歩んでいるスタッフの体験談をご紹介させていただきます。

                 

                 

                『 このような痛みの経験はありませんか?

                例えば、転んでできた擦り傷や包丁で切った切り傷。傷ができた後水で洗い流す時の痛みは誰もが数回は経験したことがあるのではないでしょうか。

                私にも経験がありました。そんな私の近況を書きたいと思います。

                私は、皮膚移植をしました。

                左足の膝から太ももの付け根までの皮膚を一度皮下組織から切り離し、体の他の部分に移植するのです。

                手術した部位や移植した場所は、管理されているのであまり痛みは感じないのですが移植に使われた左足の膝から太ももの付け根までの広範囲がヒリヒリと絶え間なく痛い日が続きました。術後1週間目主治医から「シャワー浴びて良いですよ」と。私は”やった〜久しぶりにシャワーを浴びれる…と喜びました。喜びも束の間…主治医の二言目は、「太もものガーゼはいで石鹸で洗い流してね」私は、”かさぶたもできおらず血がタラタラと垂れている太ももを石鹸で洗う!?…何言ってるの?この人たち”と心の中で叫んでいました。追い打ちをかけるようにもう一人の先生が「今日から毎日やで、その後治療するで」と…看護師さん達だけが状況を把握しているので可哀想に…という目で私を見ているのです。

                重い気持ちでいざシャワールームへ…

                太ももを石鹸で洗う、痛いんだろうな…と想像していましたが、その痛みは想像以上でした。

                看護師さんが行う一つ一つの動作に泣き叫んでいました。あまりの痛さに自分がどこにいて、何をしているのかわからなくなり、気づいたときはベッドの上でした。

                次の日はこの痛みを”忘れない”。他の人と共有し体験したことを誰かのために活かしていかなければ…という思いで太もものキズを携帯で撮影しアルバムに残しました。

                目で見てわかる傷(表面)と目では見えない心の痛み(内面)を私は体験しました。

                人は傷や痛みを持って生きている、そんな傷や痛みを体験した私だからできる寄り添い方をみつけました。』

                 

                 

                 

                ※病院の面会室にて井上さんとにっこり笑顔でパシャリ

                | 心のひろば | - | 20:42 | comments(0) | - |
                井上塾:第一期生  〜仕事の進め方について〜
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                  昨年10月”井上塾”を開校します!1年は続けたいな〜と代表がなになに〜と思う企画✍をしました。

                  テーマは主に〜仕事の進め方について〜 

                  井上塾に入校したい人は志望動機を書き、塾長へ!

                  集まった申込書は・・・20通弱

                   

                  入校の申し込みがもらえるかハラハラドキドキしていたのでその数に驚きの塾長Σ(・□・;)

                  予想外の申し込みに嬉しさとワークやコミュニケーションがとりやすい最適な人数を考えると希望があった全員の入校を受け入れる事が難しい・・・と悩んでいました。

                  1人1人の志望動機を読み込み再び塾開校に向け案を練りなおし全6回半年間で開校すると決めた塾長✍

                  第一期生は7名

                  昨年11月から始まり、先週一期生が卒業していったので、ネタバレにならない程度の様子、そして井上塾を卒業した7名それぞれの感想をみなさんへご紹介させていただきます(´▽`*)

                   

                   

                  全6回を終え、塾長から1人1人修了書を受け取る

                   

                   

                  〜塾生からの感想〜

                  ☆井上塾に参加して、自分自身を色々な方向からみつめなおせたような気がします。

                   

                  ☆井上塾に通えて本当に良かったです。

                  井上塾に通い、初めは自分を変えたい!変わりたい事で頭がいっぱいでした。一緒に勉強している皆さんについていくことも難しく、頭を悩ませることがたくさんありました。しかし、井上塾で色んな事を考え悩み、話し合っていく中で自分が一番逃げていたことに痛感しました。今まで井上塾に通ってやってこられたことが自分の成長のキッカケとして、これからもっと自分を高める為に頑張ると熱意を持ち孤独になろうと思えるようになりました。

                   

                  ☆私が入塾を希望した動機は、自身の成長を期待し、そのためのヒントがこの塾にあるのではないかと感じたからです。

                  結果どうだったかはネタバレになるので控えます。

                  唯一言えることとすれば、気楽な気持ちでとりあえず参加してれば良いなんて姿勢ではとても居られない場所だったと言うことです。それだけ塾生皆が本気であの時間と向き合い、共に過ごしたって実感があるからです。たまには本気で自分自身と向き合ってみるのも良いもんですね。そんなきっかけを作ってくれた井上塾ありがとうございました。

                   

                  ☆今回井上塾に参加して、仕事の在り方、人との関わり方を自分で漠然と考えていた物を整理でき、確信を持って前に進めるようになったと思います。深く考えて、仕事をしている井上さんを垣間見れてそれまた良かったです。

                   

                  ☆井上塾に参加させていただき、私は至って真剣に考え、真面目に回答しているのですが、何時もトンチンカンだと言われ、卒業を迎えそれらがどのような意味を持っていたのか少し理解できました。井上さん貴重な時間をありがとうございました。すごく楽しかったです。

                   

                  ☆『仕事とは』『働くとは』。真の意味に触れる事ができたように思います。また、他塾生のパーソナリティもわかり、今回のこれを受講したことで人生について考えさせられました。

                   

                  ☆普段とは違う脳の使い方で、毎回知恵熱がでそうでしたが、参加させてもらえてとてもよかったと思います。

                   

                  再び塾開校になった時はまた皆さんへご紹介させていただきます(´▽`*)

                   

                   

                   

                   

                  | 心のひろば | - | 12:03 | comments(0) | - |
                  2020年5月 井上信太郎より
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                    「コロナ」にも負けず

                     

                    新型コロナウイルスにより皆様の生活に多大な影響を及ぼしておられるのではないかと心配しております。弊社サービスも一部、自粛のご協力をいただいておりご不便をおかけしております。一刻も早くこの不安が取り除かれる日が訪れることを祈念しております。

                     

                    コロナ戦争とまで言われるこの一大事。いま私たちが考えなくてはいけないのは何なのでしょう。

                    この新型コロナウイルスは生物*1として非常に優秀で、それほど強い毒性を持たず知らず知らずのうちに人の体の中で増殖を繰り返し、あっという間に世界中に広めることに成功しました。成功とは不謹慎な言い方ですが、この地球上に存在する何らかの生物と思えば優秀であることは間違いないでしょう。地球上には様々な生物が存在するのだけれど、その頂点に立つ人間はあらゆる生物体系をコントロールしてきたので、この度コントロールしきれなかった新型コロナウイルスに慌てふためいてしまったのではないでしょうか。あらためて思うことはやはり人間はこの地球に生かされているということ。人間が強いかウイルスが強いか、それを戦争と称して闘うことを否定はしませんが、そもそもは地球という環境の中に、私たちが存在させてもらっているということを忘れてはならない気がします。いま、このウイルスによって私たちは思いがけない苦境を強いられています。外出自粛、3密の回避等、これまで経験をしたことのないような境遇ですよね。そんなとき私たちはしばしば、不安なことや不満なことばかりに目が行きがちで、自分は不幸な人間であるという錯覚にまで陥ることだってあります。そんな時僕はある本を思い出すのです。それは「顔ニモマケズ:水野敬也 (著)」です。水野さんが、醜形恐怖という外見への執着に悩まされていた経験から、見た目に傷やアザなどの症状を持つ方たちにインタビューし、問題をどのように克服していったかを学んでいったことを書籍としたものです。登場人物の中島勅人さん、リンパ管腫という左右非対称の顔面を持った方はこう述べられています。

                     

                    「私はこの症状を完全に受け入れたわけではありません。今でも『どうして自分の顔は左右対称じゃないんだろう』と思うことはあります。でも、ベストコンディションではない状態で、それでも何とか前に進んでいく。すると、いつの間にか進むことに夢中になっていて、顔の問題が消えていることに気付くのです」

                     

                    また、マラソンという夢中になれるものと出会えた中島さんは東京マラソンに参加した際、次のようにおっしゃられます。

                     

                    「ベストコンディションではない状況を『与えられた環境』ととらえる。走り続けるために必要なことは、その時その時を受け入れるしか術がなく、どう受け入れようかを考える過程で夢中になってゆく。環境のせいにして、自分で負けたレースを積み重ねて気づいたこと。根性も、気合もいらない。素直に走るだけ」

                     

                    人は見た目の印象が8割にも及ぶとまで言われていて、見た目にインパクトのある中島さんは子供のころから深く傷つきながらの人生ではあったけれど、もマラソンという夢中になれるものと出会い、生きていく術を見つけることができました。

                    新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が下された今、まさにベストとは言えないコンディションではあるけれど、いろいろなことに不満を持ったり傷つくよりも、あの明石家さんまさんが言ったように「生きてるだけでまるもうけ!」のような精神でこの苦境を乗り越えていくのも一つの手ではないでしょうか。

                     

                    医療介護業界において、緊迫した状況が報じられております。弊社スタッフも大きな動揺の中にありますが、目の前の利用者のために逃げずに真摯に向き合っている姿が見られます。一人一人のスタッフが地域生活支援の担い手であるということへの自覚が芽生えているようで、とても心強いです。また、ご家族並びに関係者の皆様より数々のねぎらいを頂戴し深く感謝いたします。

                     

                    *1ウイルスは、「それ自身が十分な代謝系をもたないため、宿主細胞がなくては自立増殖することができない」ため、生物か非生物かについて主張が分かれている。

                    | 心のひろば | 井上信太郎より | 13:04 | comments(0) | - |
                    2020年4月 井上信太郎より
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                      原点回帰 タケルさん(仮名)と 最終回

                      ※実際の出来事をそのまま書きましたので少々ショッキングな表現があります。

                       

                      それは僕が特別養護老人ホームの日勤者としていつも通り今日も頑張ろう!と気を引き締めている最中のことだった。向こうの方から厳かな朝にはなんとも似つかわしくない、叫び声のような声が聞こえてくる。耳を傾けると「しんたろうさーん、タケルさんが倒れてる!」と言っている。慌ててタケルさんの居室に駆け付けるが、タケルさんはベッドの横の床に伏せた状態、すでに人としての「生」を感じない、その姿は瞬間的にもう何をしても無駄だということを理解させるものでした。だけどあまりに突然の出来事過ぎて僕の気持ちがそれを受け入れようとしない。横たわるタケルさんの姿勢を正し、人生で2度目の心肺蘇生を施しました。ありったけの気持ちで「どうか戻ってきてほしい」「生き返れ!」と声をかけるのだけれど、そんな呼びかけには当然のごとくタケルさんは答えてくれない。だんだんと悔しさがこみ上げてくる。やっと一緒に外出することが出来るのに、あんなに喜び合ったのに、なんで一度も叶えさせてくれなかったのか...と。間もなくして医療者が到着し、僕の整理のつかない感情をよそに、あっけなく死亡の確認が行われてしまった。時が止まったかのように呆然と立ち尽くす僕。だけれどその横では今後の対応という事務的な話し合いがあり、フロアリーダーとしては当然その話の流れについていかなくてはならないわけですが、僕の心はひどく乱れ、まともに話し合いに参加することができそうもない。そしてなんと僕は、その話し合いの場を捨てて施設内の宿直室に逃げ、閉じこもってしまったのです。

                      「コーヒーを自宅で飲みたい」こんな当たり前のことを実現できないのはなぜか、誰の問題なのか。僕に別れも告げずに急に逝ってしまったタケルさんのせい?いや、タケルさんは被害者に過ぎない。ではすぐに実現させてくれなかった上司が悪いのか、いや、そもそもタケルさんから相談を受けたのは僕であって上司ではない。快く手放しで許可をしてくれたわけではないが、しつこい僕に付き合ってくれた。結果、僕のような若造を信じ、事業所のリスクを承知の上でともにチャレンジしようとしてくれたのだ。電気もつけない宿直室の中であれこれやり場のない後悔を抱えて悶々とする中で、僕はあることに気が付いてしまったのです。それは「すべての責任は僕にある」ということを。

                      介護は人の人生に寄り添う仕事、だからこそ楽しいのだと思っていたし、そのことを大切にしたいと思い続けてきた。だけどたくさんの人に寄り添っていると「一人の人として観る」ことの大切さを忘れてしまう。僕にとってタケルさんは、当時担当する入居者「50人の中の一人」に過ぎなかった。この考え方こそが、僕が犯してしまった罪。「50人の中の一人」となれば、やることは50通りのニーズに優先順位をつけること。タケルさんの「コーヒーを自宅で飲みたい」ということで言えば、当時の僕は日々ルーティーン業務をこなすことでいっぱいいっぱいだったから、優先順位の低いコーヒーの件は後回しで、自分の気持ちに余裕があるときだけ上司や同僚にアプローチしていた。だから無駄に時間を浪費し、約半年もの期間をかけてしまうこととなったのだ。そして迎えた突然の別れ。人の命は永遠ではないんだ、元気そうに見えても別れは突然にやってくる。先日の志村けんさんとの別れも、とても辛く国民が泣いた日だった。誰もが、まだお若いのにとか病気を恨んだりするが、命の期限など誰にもわからない、そしてその期日は突然に訪れるものだ。本人の望む支援に優先順位などをつけ、後回しな日々をおくっていたら、目の前の大切な人はある日あっという間に逝ってしまわれる。命を大切にするということの意味は、「今」を大切にすること。これらはタケルさんが自分の命を犠牲にして僕に教えてくれたことです。

                      僕にとっての原点回帰、それはタケルさんの夢に自分の夢を重ね、「コーヒーを自宅で飲みたい」の実現に向けて頑張った姿ではなく、実は突然訪れたタケルさんとの別れの日、あの暗い宿直室の中で自分の介護職としての専門性を鏡に映し、自分自身を顧みたところにあるのです。タケルさんごめんね、「コーヒーを自宅で飲みたい」この願いを実現できなかったのはぼくの真剣さが足りず、すぐに行動しなかったからです。最終回にもかかわらずこんな悶々とした独りよがりな締めで大変恐縮です。でも、僕が意外とネガティブで挫折が多かったせいか、わが社の愛するスタッフたちはすこぶる元気。一つ一つの命に対して精いっぱいの愛で「今」何ができるかを考えてくれています。あの名言が思い浮かびます、個人的にはぼくの方が先?(笑)だと思っているのだけれど。そう、『いつやるか? 「今」でしょう!』

                      | 心のひろば | 井上信太郎より | 13:53 | comments(0) | - |
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